グローバルキッズ&ユースマガジン

2017年3月号

【特別企画】対談(後編) 「シンプルな発想で、教育をあまねく届けたい」 中村孝一さん(eboard創設者/代表理事)×田中宝紀(YSCグローバル・スクール代表)

2017年03月03日 13:58 by ysc_globalschool
2017年03月03日 13:58 by ysc_globalschool
2000本もの学習動画を無料で公開することで、地方の抱える教育課題の構造的な解決を目指すNPO法人eboard(いーぼーど)。その創設者であり、代表理事の中村孝一さんと当スクールの田中宝紀が、ICTを活用した地方の教育課題解決の可能性を語り合いました。 

*本記事は2016年6月に行なわれた対談をもとに、クラウドファンディング(オンライン寄付)サイトReadyfor?「日本語がしゃべれず、ひとりぼっちの子どもにオンライン授業を!」に掲載した対談の完全版(後編)です。

*前編はこちら
 
 

「私フラダンスやってるんです」ぐらいのノリで
 
田中: 地域の人じゃないと伝えられない情報っていうのも絶対あると思うんです。
いいハーモニーをどう作れるか、地域の人にこそどう関わってもらえるかを考えていきたい。
 
日本語教育のコンテンツを東京からネットで流すとして、圧倒的に弱いのは方言なんです。そこは東京の教師では絶対にカバーできない部分。
 
子どものサバイバルにとって、方言ってものすごく大事なんですよ。例えば来日して大阪に住むことになった子が「ありがとうございます」って言ってたら、周囲から浮いちゃう。地元の言葉を教えてくれる支援者が絶対に必要。その地域にしかない行事とかも教えてほしいですね。
 
中村: 地域の地名や、固有名詞とかもね。

田中: そのへんはまさに、地域とのコラボしかあり得ないと思うんです。
実際に教えるのは難しそう…と地域の人たちが二の足を踏んでいるところに、eboardのように「学習のメインの内容はこちらで準備するから、地元だからこそできる部分をお願いします」って連携していきたい。

福岡: 役割分担できるといいですよね。

田中: こちらから提供するものがあることで地域の方の負担感が減って、子どもと関わるきっかけになったらいいなと。そこに親御さんも関われるとさらにいいですね。

中村: 退職された英語の先生が支援に入られてる現場があったんですけど。eboardを使い始めるようになって、「これは面白い」と、その先生が数学をeboardで勉強するようになったんです。数学を一緒に子どもたちと学んで、その結果、子どもに教えられるようになった。
 
数学を「一緒に勉強する」という立場になって、それまで縦だけだった子どもとの関係性が変わって、また別の関わり方ができるようになりました。
 
極端な話、ICTってきっかけでしかないんですよ。
日本語を学ぶ場がまずあったら、そこからいろんな他の学びに繋げられる。ICTはそういう場を作るツールになると思います。

そこで「学んでいいんだ」「こうやったら学べるんだ」という経験を積めるのは、子どもにとって大きな意味を持ちますよね。

福岡: そうした場づくりや支援のノウハウが「まだ何もない」という地域も多いと思うんです。
ゼロからすべて自分たちだけで立ち上げようとすると、壁が高すぎてなかなか踏み出せないですよね。

田中: そこで根幹になるプログラムさえあったら。

例えば当校の場合、日本語初級者にはまず180時間ぐらい文法の積み上げなどを集中的にやります。

それさえクリアすれば、なんとか日本語での会話が成立するようになる。学校でもコミュニケーションが取れるようになって、学校の先生が話す日本語を多少は理解できるようになる。
 
一斉授業についていくのはまだ大変ですけど、日本語学級の先生や、学習支援者の方との個別の簡単なやり取りができるようになります。
 
そうやって子どもの初期の日本語能力の立ち上げがスムーズにできれば、あとは学校や地域の支援者の方々が支援できる状態になるわけですね。
 
漢字にルビが必要とか、あまり難しい漢字はわからないといった課題はありますけど、必ずしも日本語指導の専門家でなくとも、いろんな人たちが関われるようになる。
すでに何か支援リソースがある地域なら、そうしたリソースを使えるようにもなります。

日本生まれ、日本育ちのシングルリミテッドの子たちの場合は、通常の学習支援で対応できる範囲が9割程度という印象です。
 
あとはもう、親御さんが日本語があまり上手でない場合に気をつける部分とか、本人が「マイノリティとしての自分」というアイデンティティで支えが必要なときにサポートするとかぐらいでしょうね。

そういう子たちは日本語ネイティブといえる状態なので、日本人の子どもと同じ学習支援で対応できることがたくさんあります。

さらに状況が厳しいのは、日本語がまったくわからない子ども。
その子たちが日本での最初の数か月をどう過ごすか、そこが本当に重要で。
 
放置すると、冒頭にお話しした子みたいに、ぽろっと学校教育からこぼれ落ちてしまう。先生や行政も追跡しきれなくなって…。
 
やや偏見かもしれませんが、私が見聞きした限りだと、地方でそういう辛い状況にいる子どもが大勢いそうに思います。

中国、ベトナム、フィリピンなどの女性が日本の農村に結婚でやって来て、その連れ子を出身国から呼び寄せた場合とかですね。周囲から偏見の目で見られることも多くて、二重苦、三重苦…みたいなケース。見ていて大変そうだなあと思います。
 
そうした子どもたちに、いわば気軽な気持ちで解決策を提供したいと思っているんですね。重々しく「こちらです」と差し出すのではなくて。

中村:どうしても学習支援って、「東京で何かします」となるとお金も付くし人も付くし、仰々しくなるんですけど(笑)。
 
これは誤解を生んだり、「なんだそれは」って思われたりするかもしれませんが、全国の主婦とかおばちゃんとかに「私、学習のサポートが趣味なんです」って気軽に言ってもらえるぐらいがいいなって。
「私フラダンスやってるんです~」ぐらいのノリで、「週末、子どもたちと一緒に勉強してるんです~」。
 
そういう人たちをいかに増やせるかが大事だと思います。
そういう人たちがいて、オンラインで使える教材がある程度揃ってれば、学習できる場がちゃんと作れますから。

そしてそういう人たちこそ、地域で子どもたちのセーフティーネットになる。
がんばって2時間ぐらいかけて東京から大学生が時々やってくるというのよりも、毎日あいさつしてくれる地元の人たちが子どもたちの成長を見守ってくれたら。

そうした動きを広めていきたくて、そのためにはICTが欠かせないですね。
 

 
 国の制度と実態

中村: 話が戻っちゃうんですけど、子どもへの日本語支援において、国や行政が義務付けている制度などはあるんですか?

田中: 義務ではないんですが、2014年度からそういう子どもたちの小・中学校内での日本語教育が「特別の教育課程」という扱いになって、公教育の一部として正式に取り扱うことができるようにはなりました。
 
ただし、単にそうできるようになったというだけで強制力はないので、実際にやっている学校はものすごく少ないですね。
学校の先生に聞いても「え、何それ?」という方も多くて。
 
文科省の方にそれを言ったんですが、「最初から100%いくとは思ってないですから」というお答えでした。

ただ、「今後は第二言語としての日本語教育を公的なものとして扱いますよ」というひとつの布石になったのは確かです。それが2014年。

で、今は、文科省の人によれば「日本語教育を必要としている子どものニーズは地域差がすごく大きい」というのが前提なんですね。
 
まあそれは確かにそうなんです。
例えばこれまでは愛知県にブラジル系の人が固まって住んでいるから、母語のポルトガル語での支援が有効とか、他の地域はペルー系の人が多く住んでいるからスペイン語と組み合わせたほうがいいとか。

東京みたいにバラバラな国の人たちが住んでいる場合は…まあ、それぞれやってね、という感じ(苦笑)。
 
そういった固有のニーズがあるので、「自治体が主体となるべき」という方向性が強まっています。

その方向性のために、これまでは不就学や不登校状態にある外国にルーツを持つ子どもを対象に、支援を実施する団体や自治体に国が全額出していた補助金があるのですが、それが自治体を経由して3分の1だけ出すという方針に変わったということがありました。

中村: 国は「3分の1事業」が大好きですからね。

中村: そして3分の1事業に手を挙げる自治体はほとんどないですよ。
残りは自前で調達するわけですから、よっぽど予算をもともと確保しているところでないと難しい。
 
つまり、その3分の1になった枠組みがあるにはあるんですけど、実際にはもともとそうした分野に力を入れてきた地域だけしか使いこなせない。
 
当校も文科省から「今年は申請しないんですか?」って聞かれるんですが、申請するには当校の所在地の福生市と連携する必要があって、福生市は3分の2を自分たちでは出せない、となると申請しようがないんです。

それから、そういう地域制限のあるお金だと、広域で活動できなくなるという問題もあります。

国としての「やってますよパフォーマンス」はこれからも高めていくと思うんですよ。
ただ、それが実際に実行されるかどうか。

中村: 高度人材もそうですけど、外国人に来てもらわないと労働力は足りないわけじゃないですか。
それに対してどこまで本気なのかですよね。



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