
〔「今月の論点」はYSCグローバル・スクール代表の田中宝紀による連載です〕
想像してみてください。
ある日、あなたは文字も読めない、話すこともできない国に親の都合で行くことになりました。
学校に入ったもののクラスメートや先生が何を話しているかもわか
らず、誰もその国の言葉を教えてくれません。
頼みの綱である自分の親ですら、
学校の先生の話す言葉がわからず、どうすることもできません。
毎日、毎日、ただただ教室で座っているだけ・・・という生活。
言葉がわからない不安、授業にまったくついていけない悔しさ、
友達のできない孤独。
そんな生活を送る子どもたちが、
日本国内に約3万7千人も暮らしています。
外国人散在地域の苦境
「外国人散在地域」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
「がいこくじんさんざいちいき」と読み、
外国人が多く集まって暮らす「外国人集住(しゅうじゅう)
地域」と反対の意味を持つ言葉です。地域内にごく少数の外国人がパラパラと散らばっていて、
子どもであれば自治体内のこちらの学校に1名、
そちらの学校には1名、2名・・・
それ以外の学校には1人もいない、というような状況です。
外国人散在地域は、都市部ではない小さな自治体に多く見られます。 小規模な自治体ゆえに予算も人材も確保できず、
外国にルーツを持つ子どもがただ毎日学校で机に座っている「
お客さん状態」が生じがち。
子どもにとっては本当につらいだろうと思います。そして、
そうした状況がクラス内で発生してしまった担任の先生の不安や戸惑いも、さぞや大きいのではないかと想像します。
こうした地域では民間やボランティアによる支援も限定的で、「放置」
状態となった子どもの中には数年間日本の学校に通学していたにも関わらず、日本語ができないままで支援団体に「発見」される子もいます。
外国人散在地域で苦しむこうした子どもたちの状況は積年の課題でした。決定的な解決策のないまま、
その子の教育へのアクセスは、
たまたま暮らすことになった自治体のやる気、民間支援の有無、
学校の先生の熱意といった偶発的な要素に大きく左右されてきたのです。
しかし最近になり、
日本政府が対日投資や外国人人材の日本定住促進のための環境整備の一環として、
外国人児童生徒に対する教育機会拡充を定めました。
日本語指導が必要な子ども約3万7千人のうち、
現在まったく支援を受けられていない20%にあたる約6〜7千人の子どもたちにも日本語支援を提供し、
すべての子どもが公立学校で日本語教育を受けられる状態を目指す方向です。
このことは日本語がわからず困難な状況に直面している子どもたちにとって、
大きな一歩だと感じています。一方で、
日本語指導が必要な子どものうち「すでに支援を受けている」
とされる残り80%についても、実際に誰が何時間、どのように日本語を指導しているのかという「量と質」
は不透明であり、全員が適切な状況下に置かれているかどうか不安が残ります。
たとえば私の知る事例では、「その子どもの母語が話せる」
というだけで頼み込まれてボランティアをすることになった同国出身者が、日本語教育の知識もないまま、
どうすれば良いのかわからず途方に暮れ、
アドバイスを求めて当校にやってきたことがありました。また、ある学校では「日本語担当」
に任命された先生は理数系科目が専門で、
指導にあたって大きな不安を抱えていました。
そして何よりも、
教育機会へのアクセスを奪われた子どもたちの貴重な時間が日々失われていくことに、強い憤りを感じています。一日も早く量的にも質的にも適切な教育環境を実現することは、
子どもたちの教育を受ける権利の保障はもとより、将来、
子どもたちが大人になった際の社会的な困難を予防するためにも重要です。

子どもの発達段階に即した介入を
とは言え、
日本全国のどの学校に日本語指導が必要な子どもがやってきたとしても充分な教育を提供できる体制の整備が、今日、
明日に可能となるわけではありません。
「誰が、どのように」それを担うのか。
現時点では、
学校の先生に必要な知識やスキルを身に着けてもらう方向で政府は進めていますが、その財源についてはまだ見えてきません。
これまでは「地域間におけるニーズ」
が多様であるという理由から、
外国にルーツを持つ子どもの教育は地方自治体が主体となって担うべき、というのが国のスタンスでした。
これは自治体の体力とやる気によって、
支援の有無に大きな格差が生まれる要因にもなっています。
もし今後もこうした「自治体主導」が続くようであれば、
残念ながら、
特に散在地域の外国にルーツを持つ子どもたちに適切な日本語教育が提供される日は、
遠い未来のことになってしまうかもしれません。
子どもの日本語教育は、
ともすればその子の心身の発達に重大な影響を及ぼします。
これまで約400名の子どもたちを支えてきた当校での経験から実感しているのは、幼少期〜小学校低学年ごろまでは母語の発達との兼ね合いに注意を払う必要があること。逆に10代以降の子ども・若者の場合、
マイノリティとしての孤独感や不安感を減らすため、
来日直後の初期に集中的な日本語教育を行い、
早期にコミュニケーション力をつけることが有効です。

日本初!ITを活用して外国人散在地域の子どもに授業を届けます
公立学校で質・
量とも適切な日本語教育を受けられるようになるための中・長期的な仕組みづくりはもちろん大切です。でも、ただそれが実現する日を待っていては、 今を生きる子どもたちの成長に追いつくことができない――。
そんな危機感のもと、
私たちはこの課題を解決するために新しいプロジェクトを立ち上げ
ることになりました。
それは、
当校が行っている子どもの日本語教育の専門家による授業を、
ICTを活用してリアルタイムでオンライン配信するプロジェクト
です。録画された動画を視聴する従来のオンライン教育と異なり、
ウェブ会議システムを用いて東京都内(福生市)
で授業をする先生・生徒と、
遠く離れた散在地域などに暮らす子どもをつなげ、
相互に会話しながら日本語の文法を習い、
会話や漢字の練習をすることができます。
親の都合で来日したため日本語を学ぶ意欲が持てなかったり、
勉強が苦手で自主的な動画視聴だけでは学習しづらかったりする子
どもでも、
パソコンやタブレット画面の向こう側で共に学ぶ仲間がいて、
先生が目を配っている環境なら、
楽しく学べるようになるのではないでしょうか。
何よりも、学校生活で感じる孤独を仲間の存在が少しでもやわらげ、笑顔になってくれたら・・・。
そんな願いを込めてこのプロジェクトは「NICO | にほんご×こどもプロジェクト」と名づけられました。
ICTを活用することで支援経費は最大5分の1程度にまで減らすことができ、
小さな自治体にとっても日本語支援体制の整備に向けたきっかけに
なるのではないか、と期待しています。
ひとまず、NICO PROJECTは仮のウェブサイトで運営をスタートしました。
このプロジェクトの情報が、
支援を必要とする1人でも多くの子どもたちや、
わが子の未来を案じる外国人保護者、学校・行政、
支援関係者の方々に届くよう、
アクセスしやすいオンラインプラットフォームの構築を進めていき
ます。
そのための資金が不足しており、
効果的なプロジェクト運営に支障が出ていることから、
クラウドファンディング(ネット上での寄付)を実施することになりました。
どうか、みなさんのお力でこのプロジェクトを支えてください。
日本語がわからず苦しんでいる子どもたちが、
日本のどこに暮らしていても専門家による日本語教育を1日でも早
く受けることができるよう、
心からご支援とご協力をお願いいたします。
NICO PROJECT 仮サイト http://nihongo-kodomo.net
クラウドファンディングサイト(Readyfor?) https://readyfor.jp/projects/
kodomo_nihongo
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